理念


日中学生会議の理念

“日中友好へ、学生の挑戦。”

現在、「中国」と聞くとどんなイメージがあるでしょうか。きっとあまりいい印象ではないでしょう。実際、言論NPOの調査でも日本人の大多数が悪い印象があるという結果が出ています。
そして、そもそも「中国」に触れることを躊躇うのではないでしょうか。

日本と中国は太古の昔から長く付き合ってきました。そして、21世紀のグローバル社会の中で、これからも力強いパートナーとして協力し合い、国際社会の中で責任を持って大きな役割を果たしていかねばなりません。その中で、日中両国がお互いに閉じていてはなりませんし、それはなんとも悲しいことではないでしょうか。

日中相互の理解、そしてその先にある友好。

ひとりひとりが積極的に「中国」を感じにいく。それが日中相互の理解を深め、ひいては日中の友好、日本と中国、日本人と中国人の発展につながるのではないでしょうか。
日中学生会議は妥協のない本音での対話、課題解決に向けた話し合いを通じて、単なる交流に終わらない、深層からの相互の理解、友好を目指していきます。学生だからこそ、立場などを取っ払って腹を割って話し合えるし、肌をもって日本や中国、日中関係を考えていくことができます。

また、その成果を社会へと発信し、働きかけていきます。

幅広い価値観を持つ人材へと成長し、次世代の社会のために。

中国人学生との対話、異なる背景を持った他の学生との対話を通じて、互いに切磋琢磨し合う者、日中の社会の発展に向けて考え、努力する者が日中学生会議には数多くいます。こうした者が社会に出て、次世代の社会を担い、より良い社会をつくっていくことができるのだと思います。

日中学生会議は根本から日本と中国の友好関係を築いていくことを通じて、社会に貢献していきます。


顧問より

日中学生会議に期待すること

日中関係は1972年の国交正常化以来、緊張・対立したり穏やかで協調的になったり、様々な曲折を経ながら今日に至っています。日中関係は今日もなお、歴史認識問題、領土主権問題、安全保障問題などできわめて複雑で難しい課題を抱えたまま、試行錯誤しつつ進んでいるといってもよいでしょう。

これらは実は72年以来潜在的に抱えていた問題であったが、中国自身が近代化にまい進することを最重要課題とし、日本がそれに全面的に協力してきたことによって深刻な問題にすることが避けられたといってもよいでしょう。

当時の日中のリーダーたちの知恵と日本の対中国の国民感情が大変よく、基本的な雰囲気が「友好協力、第一」だったからであろう。今日中国がめざましい経済発展と軍事力増強によって、米国に次ぐ大国の座を占めるようになり、日中のこれまでの関係が基本的に変化した。日本はこの事実を冷静に受け止めつつ、如何にして新しい視点、問題意識から新たな良好な両国関係を構築するかが問われているのであります。

大切なことは、歴史・領土など解決困難な問題を正面から解決しようとすることではなく――安易にこれの向き合うと傷口を大きくしてしまう――、日中両国の間に新たなより大きな共通の努力目標を設定し、それに向かって協力し合うといった基盤を創造することだと思います。少子高齢化、地球温暖化、大気の深刻な汚染、社会保障問題などを克服し、人々が住みやすく快適な社会を築くことは言うまでもなく共通の課題であります。

若者たちこそこれらを中心的に担う使命があります。中国の若者と真剣に、正直に話し合い、強い絆を創り、これらの使命に向かって共に歩んでほしいと心から願っています。

天児慧
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授

日中学生会議 顧問挨拶

戦前の日中間をつないだ人々は目を見張るパワフルさ、柔軟さを持っていました。しかし現在、大学のなかでは、留学生をみても日本の学生をみても、その遺伝子はどこに行ったのだろうか…、と思うことがあります。どうやら大学の教室ではこの遺伝子は発動しにくいようです。

これに対して、日中学生会議の活動はこの眠っている遺伝子を発動させるようです。日本と中国という場をフルに使った濃密なコミュニケーションの実践を行う。所属する大学を越え、いろいろなスキルやバックグラウンドを持つ仲間と出会い自分を磨く。企業やNPOなどに学生が自力でアクセスしてフィールドワークを行う。海の向こうの友人と熱い夏をともにする!そこには本音のぶつかり合いがあり、バーチャルなやりとりにはない刺激があります。その時どうやらこの遺伝子が目覚めるようです。

実際に今までに私が接した方々はこの経験を活かして、次のステップへと踏み出しておられます。そんな柔軟な学生たちの経験はその人だけのものではなく、関わりを持った方々、そして日中双方の社会にとっての財産と信じております。

皆様の支持、そして興味を持たれた方のご参加をこころよりお待ちしております。

上田貴子
近畿大学文芸学部文化・歴史学科准教授

国境を越える視点から積極的に議論を

2016 年9 月初旬、1 年ぶりに労働紛争を扱う広東省の某民間組織を訪ねました。ちょうど、勤務先の工場の移転に直面した労働者たちが、労働局へ訴えに行くなどの抵抗策を話し合っているところでした。

技術に自信がある熟練工らは、「転職先には困らないが、雇い主の都合で辞めることになるので、当然、未払い分の住宅積立金や工場の移転で強いられた損失の補償を要求します」と言います。 住宅積立金は企業と個人がそれぞれ負担します。熟練工たちにとって大都市での住宅購入は夢のまた夢で、彼らは住宅積立金の自己負担分を給料から差し引かれたくはないですが、離職する企業の未払い分を請求することは自分の権利だと心得ているのです。

一方、2 日後に訪れた湖南省の農村で出会った元炭鉱労働者たちは、塵肺病に苦しんでいました。炭鉱を運営する会社からは数千元の見舞金が支給されただけで、政府からの生活保護は1ヶ 月たったの90 元(1 元=約 15 円)。自分と肝硬変の息子の入院費に10 万元かかったという人 は、 6 万元の借金を負っていました。

日中学生会議の学生たちも分科会で議論していますが、中国の戸籍制度は社会保障と結びついており、社会保障の条件の良い地域と悪い地域との差は非常に大きいのです。仮に塵肺病の患者が上海の戸籍を持っていれば、生活保護は月に880元もらえ、医療費の多くも医療保険でカバーできます。自分の権利を強く主張する先の広東省の労働者たちの戸籍も農村戸籍であり、手厚い医療保険や年金が受けられるわけではありません。

中国の戸籍は親から子に引き継がれます。つまり、国民がどの地域の、どの種類の社会保障を受けるかは、生まれながらにして決まっています。就職した企業などを通して戸籍を移すことはきますが、大都市への転入は高学歴のエリートでも難しい。日本でも年々、貧富の格差が広がっているとはいえ、社会保障の内容が地域によってこれほど大きく異なることはありません。

日本人が中国と向き合う時、このような中国と日本の社会環境の差を知らず知らずのうちに気づかされることもあるでしょうし、中国の経済成長の側面に注目しすぎるとそれが見えにくくなることもあるでしょう。成長する中国と社会の矛盾に悩む中国。どちらも中国の現実ですが、それは世界にも 日本にも、大きな影響を与えています。そして、世界も日本も中国の問題に影響を受けるということは、世界も日本も中国の問題が発生する過程に関わっているということです。グローバル化が進み、中国が「世界の工場」として機能する中、中国の労働者が直面する問題は世界の問題となっています。

日中学生会議で議論する際には、日本の立場、中国の立場として問題を捉えることも多いでしょうが、国境を越えた視点からも積極的に議論を展開して欲しいと、私は学生たちに言っています。日中学生会議の学生たちは、それができると思います。時にぶつかることがあっても、意見の相違がどのようにして生じているのかを互いに考え、違いを認め合いながら、ともに未来を描く可能性を論じて欲しいと思います。

阿古智子
東京大学総合文化研究科・教養学部准教授